D.A.ノーマン『誰のためのデザイン?』の主張と、著書内で提唱される「人間中心デザイン(HCD)」を自分なりに簡潔に要約しました。
「人間中心デザイン」「ヒューマンセンタードデザイン」「HCD」
このような言葉を聞いたことはありますか?
ユニバーサルデザインほど有名ではないかもしれませんが、UXデザインやプロダクトデザインの分野では特によく使われている言葉らしいです。
この「人間中心デザイン」を提唱されたのがこの本、D.A.ノーマンの『誰のためのデザイン?』です。ちなみに、ヨーロッパ(バウハウス)の人間工学分野では、別の意味を持った人間中心デザインもあるので注意が必要です。そっちの話はまた今度。
人間中心デザイン(HCD)とは
人間中心デザインとは、人間のしたいことを、人間の能力や行動に合わせてデザインすることを言います。
デザインしたものに人を従わせるようなモノじゃダメだってことなんですが、言葉だけだと分かりにくいので例を挙げましょう。何かで失敗した時、次のように思ったり思われたりしませんか?
例1
調味料瓶ひと振りでたくさん塩が出ちゃった。しょっぱ!!
力や傾け方を調整できなかったお前が悪い!
例2
オーブンレンジでレンチンしたかったのに間違えてオーブン機能ボタンを押したから耐熱ジップロックが溶けちゃった!!
お前の操作ミスだ!説明書読め!
いいえ、瓶の振り方のせいでも操作ミスでもでもありません。全部デザインが悪いんです!!
調味料瓶の振り加減やオーブンレンジの使い方を失敗してしまうようなデザインに問題があると言いたいんですね。
このように、人間のためのデザインなんだからデザインが人間の能力や思考に合わせろ、デザインに人間を従わせるのはマスターベーションだ。というのが人間中心デザインの考え方。
良い人間中心デザインのために大切な6つの要素【第1章】
ここまでで、人間中心デザインは「デザインが人間の能力や思考に合わせろ」という話をしました。良い人間中心デザインを生み出すためには、人間がミスせず、人間が望んだように使えるようにする必要があるわけです。
そのためには、人間がモノを見たときに「何ができるモノなのか」「どう操作すれば使えるのか」を正しく見つけられるようにデザインするべきです。その、「何ができるモノなのか」「どう操作すれば使えるのか」を見つけられることを発見可能性と呼んでいます。
例を上げましょう。目の前に、初めて見る電子レンジがあったとします。
レンジを見るだけで
- レバーを引いて箱の中に温めたい食べ物を入れる
- 【600W 自動】と書かれたボタンを押すと、中のものが温まる
こういったことが分かるのは発見可能性が働いているから。そもそも、はじめて見たモノが自然と電子レンジだと分かったことも発見可能性のひとつと言ってもいいのでしょう。
発見可能性には6つの要素があります。以下に画像でまとめます。
アフォーダンス/シグニファイア/対応づけ
『アフォーダンス』と『シグニファイア』はちょっと紛らわしいですね。『アフォーダンス』について以下の記事で例をあげています。
『対応づけ』は多分一番わかりやすい話だと思います。
-
分かりやすく理解する『アフォーダンス』3つの例【人間中心デザイン】
続きを見る
フィードバック/概念モデル/システムイメージ
歩行者用待ちボタンを押しても何も反応が無かったら本当に押せているのか分からず、不安になりますよね。これを解決してくれるのが『フィードバック』です。
『概念モデル』と『システムイメージ』はセットですね。この『概念モデル』は全ての人間へ一様に通じるものではなく、通じない人、間違えてしまう人もいるので注意が必要です。一つ例を挙げると、世代間の認識の違いがあります。スマホの電話アプリアイコンには固定電話の受話器が描かれてますよね。これは受話器が電話の概念モデルとして働いているわけですが、スマホネイティブで受話器を見たことがない今の小学生には通じないことになってしまいます。
人間の行動レベル【第2章】
第一章は何をすればいいのかをデザインされたものから「発見」する話。
次は実際に「行動」して、行動して起きたことを知覚する話です。
人間が何か行動するとき、その行動は必ず「7つの段階」に分かれます。7つの段階それぞれは、「3つの処理レベル」に分かれます。画像参照。
7つの段階は「プラン、詳細化、実行、現実、知覚、解釈、比較」と順に進み、各段階は3つの処理レベルのどれかに相当します。
- 3つの処理レベル
- 内省的:意識的に頭で考える。「夕食は何にしようかな」
- 行動的:内省と本能の中間。「唐揚げを作るけど、火傷には無意識に注意。」
- 本能的:本能的。「油が跳ねて、反射的に距離を取る」
僕らが何か行動する時、あらゆることを意識して行動しているように思いがちですが、実際にこの処理レベルに当てはめてみると実際には無意識に考えていることが多いことに気がつけます。
コレを知っておくと、「本能的な面(無意識)にどうアプローチするか」「内省的な面(意識)にどうアプローチするか」を考えてデザインすることができるようになります。
余談ですが、この行動サイクルの中で何度も失敗すると「自分には何もできないんだ」と刷り込まれ、無力感を覚えます。著者はこれを失敗ではなく学習経験としてポジティブに捉えるべきだと言っています。これは僕の心にグサグサ刺さりました。
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頭の中の知識・外界の知識【第3章】
あなたは身の回りの物事を全て記憶できていますか?例えば、10円玉に描かれているものは何でしょうか?僕は覚えていないし、日本に住んでいる人の多くも覚えていないと思います。
では、模様を覚えていないはずなのに10円玉を10円玉として使えているのはなぜでしょうか?財布の中に茶色い硬貨は10円玉しかありません。だから茶色い硬貨を探すだけでいいんです。頭の中の知識を引っ張り出してこなくても、外界の情報(知識)だけで判断できるんですね。
というわけで、「頭の中の知識」と「外界の知識」です。画像参照。
外界の知識で判断できたほうが人間にとっては楽。でもキーボードのブラインドタイプは覚えるだけの価値があるので労力がかかっても身につける人が多いと言えます。
もちろんこの2つの知識は人間中心デザインに活用できます。例をあげて説明します。
安全性を確保するためにパスワードをサービスごとに変えるべきだと言われていることは有名でしょう。しかし、本当に全てのパスワードを覚えて「頭の中の知識」にするのは難しい。結局はメモして「外界の知識」にしてしまいます。安全性を上げるためにパスワードをひとつひとつ変えるのに、メモをして他人に見えるようにしてしまったら意味がありません。
ちなみに、著者はこのパスワード問題についてまだ完全な解決策は見つかっていないと言っています。現状の最善策としては「知っていること(いわゆる秘密の質問)」と「持っているもの(指紋・鍵など)」の2段階認証をとること。覚えやすいレベルの「頭の中の知識」と、ハックはされうるが覚える必要のない識別子の組み合わせで、機密性と知識の両方をクリアしようとしています。
外界の知識をどうやってデザインする?【第4章】
では、10円玉を選ぶときのような外界の知識はどのようにデザインできるのでしょうか。
外界の知識をデザインするのに使える4つの制約があります。画像参照。
中には、望ましい動きをするために強制的な動きをさせる制約もあります。
- 強制的な制約
- 強制選択機能:強制的に必要とされるもの。車のキーがないと車を動かせない。
- インターロック:適切な順序の強制。電子レンジ作動中に蓋を開けると勝手に切れる
- ロックイン:起動したものをよく考えずに切られるのを防止。エクセルを落とすときに「保存しますか?」と聞いてワンクッション置くこと。
- ロックアウト:危険への立ち入りを防止する。防火扉。
ちょっと復習。単四電池が入る穴は単四電池を入れる「シグニファイア」で、オートバイの風除けは、運転者が風を受けなくて済む「アフォーダンス」、最後に残ったパーツの取り付け位置は「対応づけ」ですね!これが分かればいい調子です!多分!
次の項目から、「エラー」と「4つのフェーズ」が登場します。
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人間がエラーするのは、デザインのせい。エラーを防止したりエラーから復帰するためのデザインも大切。【第5章】
この記事の最初にも書きましたが、人間が失敗するのは、デザインのせいなんです。ヒューマンエラーはありません。じゃあ、エラーを想定して未然に防止したり、エラーが起きたときにそこから復帰するためのデザインも大切になりますよね。ということで、エラーを見つけるために、エラーの種類やエラーを見つける手段の話をここでします。
エラーの見つけかた
起こりうるエラーを見つけるには、まず何が人を誤らせたのか探しましょう。(根本原因分析といいます。)
さらに、5つのなぜを問うて、掘り下げましょう。
5つのなぜとは:トヨタ自動車が生産方式の一環として用いる手法。エラーが起きた原因を根本が露わになるまで繰り返し「なぜ」と問い続けることで、必ずしも5回である必要はない。
なぜ1:なぜ飛行機が墜落したのか。
答え1:制御できない急降下だったから。
なぜ2:なぜ急降下から回復できなかったのか。
答え2:パイロットが適切なタイミングで回復しなかったから。
なぜ3:なぜ適切なタイミングで回復しなかったのか。
答え3:パイロットが意識を失っていたから。
なぜ4:なぜパイロットが意識を失っていたのか。
以下原因の根本が露わになるまで繰り返し続ける
エラーの種類
ここでは具体的にどのようなエラーの種類があるのかを説明しています。
エラーには主に2種類「スリップ」「ミステーク」があります。画像参照。
さらに、これらのエラーを細かく分類できます。この分類はかなり細かく、本文内でも例を挙げずに説明される分類があったくらいなので、現状は読み流すくらいにしておきます。
- ミステークの分類
- ルールベース:ルールを間違って行動。「[画像のエアコンの例]はこれ」
- 知識ベース:新しいことや未知のことに直面して、まだ判断できる知識の材料がないこと。
- 記憶ラプス:その時必要な記憶を異なった記憶知識として参照する。
- スリップの種類
- 乗っ取り型スリップ:「いつもガリガリ君を食べてアタリをチェックしているクセで、アタリのない普通の棒アイスを食べた時にも棒をチェックしてしまった」
- 記憶類似性スリップ:「洗濯を洗濯機でなく便器に投げた」どちらも物を受け止める器という点で類似している。
- 記憶ラプススリップ:コピーした印刷物を持って、コピー機に挟んだ原本を忘れる。
- モードエラースリップ:「アラームをAM7時にセットしたと思ったらPM7だった」類似したものを取り違える。
Ctrl+Z / Command+ZのUndoも、エラーのことを考えた素晴らしいデザインだということですね。
「デザイン思考」で実践しよう。【6章】
デザインの成功の秘訣は、何が本当の問題か理解することです。本当の問題を見定めるのはどうしたら良いのでしょうか。
デザイン思考の2つの武器に、ここまで解説している「人間中心デザイン」に加えて「ダブルダイヤモンド発散収束モデル」があると言います。
ダブルダイヤモンド発散収束モデル
普通、問題提起がなされたら問題解決に向けて一直線で動きますよね。簡単にいうと、あえて遠回りして本当の問題を見つけようとするのがこのダブルダイヤモンド発散収束モデルです。
ダブルダイヤモンド発散手足モデルでは、2つのフェーズを順番に進めます。①本当の問題を見つけるフェーズと、②見つかった本当の問題を解決するフェーズです。
①「スタンダードなチノパンをデザインしよう」と問題を出されたら、「本当のスタンダードって何?」「今の流行に合わせるのがスタンダード?」「無難に着こなしやすいようにするのがスタンダード?」と、あえて問題を広げる=発散してから、本当の正しい問題を見つけます(収束)。ここまでがひとつ目のフェーズ。
②出てきた正しい問題を解決する過程も同様に、発散、収束します。解決のためのアイデアをたくさん出して広げから、もう一度絞りこみブラッシュアップします(ふたつ目のフェーズ)。この手法は、解決すべき正しい問題を適切に定め、それを適切に解決するのに最適です。
ただし、発散しようと思えばいくらでも発散できるし、そうすると無限に時間とお金がかかってしまいます。なので、実際にビジネスの場でこのモデルを行う際にはスケジュールや予算を管理するマネジメントの腕がモノをいいます。
人間中心デザインを実際にデザインするためのプロセス
では、ダブルダイヤモンド発散収束モデルを実際に進める時、どのような考え方・行動をすればいいのでしょうか。ここで人間中心デザインプロセスの出番です。簡単にいうとこれはPDCAの亜種のように思えます。PDCAと同じく早く回すことが求められますが、サイクルの中身が少し異なります。画像参照。
一種のブレインストーミングの方法として扱っていいでしょう。こういった場面で「アイデアの数を出す」「制約を気にしない、アイデアの目を否定して潰さない」ことが大切であることは有名ですが、これに加えて著者は3つ目のルールを提案しています。
3つ目のルールは「あらゆることを質問せよ」。アイデアに対して愚かな質問、バカバカしい基本的な質問をすることです。質問なんてしなくても自分たちは当然のように理解していると思っていたことは、あえて質問に起こすと意外にも深く、理解できていなかったことが分かったりします。
活動中心デザイン
人間中心デザインと似た言葉に、「活動中心デザイン」があります。
世界中の異なる文化の人々に対して同じ製品を出すときのデザインで、人ではなく活動に集中するするものです。人間中心デザインが大切だと言っていたのに活動中心なんて大丈夫なのか?そもそも活動中心って何?という話ですが、有用になる場合もあります。例を出すのが早いでしょう。例えば、車の場合。車は、ハンドル、アクセル、ブレーキ、ミラー等運転者が制御しなければならないものがたくさんありますが、どの車も大体同じ位置に配置されているおかげで、一度覚えてしまえば適切に運転することができます。各国の文化ごとに生活様式は違いますが、人間の体の作りはおおよそ同じで、同じ動きをします。完全に一様とは言えない集団に対して作られたデザインであっても、活動に必要なことであれば、それくらいの違いがあっても喜んで学習するのです。
ビジネスが人間中心デザインに与える影響【7章】
ビジネスが人間中心デザインを遠ざけてしまうことがあります。その1つに「機能症」があります。
機能症
機能症とは、他社と競合するときに、機能を増やすことで競り勝とうとすることです。一見正しいように見えますが、これは間違い。テクノロジーが進歩して新たな機能が追加できるようになっても、人間のニーズは変わりません。人間のニーズに合わせてテクノロジーをデザインに組み込むべきです。
では、他社に競り勝つにはどうすればいいのか。機能を増やすのではなく、自社の強みを他社が追随できないほど伸ばせば良いのです。
テクノロジーは人をかしこくする道具
テクノロジーが発達して色々な場面で便利になりました。では、それを取り払ったら人間には何もできなくなるのではないか。人間はテクノロジーの発達とともに愚かになるのではないか。という議論があります。
しかし、それは間違っていると断言しています。人間と機械は、それぞれ得意不得意があります。人間は物事を柔軟に考えられるし、機械は理論にそった大きな計算ができます。チェスマシンと人間でタッグを組んだチームは両者の得意分野を伸ばしあい、世界最強チェスマシンに勝つことができるのです。
以上から、テクノロジーは人を愚かにするどころか、得意不得意をカバーしあうことでむしろ人を賢くする道具になります。
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この記事を書きおえて
ブログを開設して2記事目、難しい本を噛み砕いて要約することに挑戦しました。正午に執筆を始めてはじめてもう23時です。本そのものを読むにもかなり時間がかかっていたので、要約に時間がかかることくらい分かりきっていました。それでも取り組んだのは、デザインを学ぶにあたってこの本にはそれだけの価値があると分かっていたからです。
人の失敗はデザインのせい!っていう話を初めて聞いた時点ではかなり衝撃的で、「極論じゃん・・・モンスタークレーマーじゃん・・・」って思いましたが(皆さんも思いますよね?)、今となっては「デザインのせい!」って言えますね。ちなみに冒頭のオーブンレンジの話は僕が昨日やらかした実話なのですがそれもデザインのせいなのでセーフですね!
せっかくなので反論的なことも書いてみます。スティーブ・ジョブズが「本当の需要は人が欲しいと既に言っていることではなく、全く新たなアイデアを出して、それを人が触った時に自然に生まれるものだ」みたいな要旨のことを伝記あたりで言っていたと思うのですが、これって「人間のニーズに合わせてデザインする」ような人間中心デザインとは逆のことを言っているような気がするんですよね。実際にその考え方でiPhoneやiPadは成功していると思うので、人間中心デザインは確実に有用だと言えても、これが全てではないのかなと考えています。
とはいえ、この本は初版が発売されてから25年にわたって変わらず通用し続けている本です。著者も言うとおり、テクノロジーが進歩しても人間は人間であり、人間中心デザインは末長く通用し続けるでしょう。
「あなたの解釈が間違っているよ!」などご意見があればTwitterのリプライなどでお気軽にご指摘ください。私自身この本の全てを理解したとは思っておらず(そもそも全て理解できる人はいるのだろうか)、これからも少しずつ読み込んで理解を深めていこうと思っています。